自民党市議団・大分市議会議員 工藤てつひろ
責任を持っての行動、新しい大分−工藤てつひろ
 
プロフィール(工藤てつひろを知る)
工藤てつひろの近況報告
本日は晴天なり(コラム)
みなさんからの意見箱
トップページへ戻る

 平成13年2月18日(日)、大分市議選が公示され、いよいよ選挙戦スタート。市議会選挙というのはたったの7日間なので、悔いの残らぬよう全力を尽くそうと、早朝の長浜神社での出陣式で改めて皆気持ちを引き締めました。まさか48議席に対して55人もの立候補者が出るとは思わなかったので(通常は50人位の出馬らしい)、このときばかりは信仰心のほとんどない私も長浜神社の神様に本気で祈りました。毎年、長浜まつりと七夕まつりではおみこしを担いで回っているので、神様にも少しは私の味方をして下さいという、ちょっとせこい神頼みですが。
 選挙期間の一週間はひたすら走り抜きました。選挙カーに乗っていることより、外を走っている方が多かったと思います。「若さ」と「元気」が私のモットーですし、ゆっくりと座席に座って手を振るだけなんてじれったくて。直接声を掛け、握手をし、間近で私を見てもらい、顔と名前を覚えてもらって、できるだけ多くの人と触れ合いたかったのです。
 田んぼであろうと団地であろうと、ウグイス嬢さんを除いて選車隊のメンバー全員も一緒になって走りました。幸い2月にしては珍しいほどの暖かさで、走り回っていると暑くて毎日汗だくで、1、2度着替えが必要なくらい。若者らしく揃えたブルーのフリースジャンパーとダウンベストのメンバー達も、途中でTシャツに変えた程です。握手に応えてくれた皆さんは、汗臭かったでしょう。すみません。私は特に汗かきなもんで(と、ここでも汗)。これだけ走って汗かいてそうとう痩せるかと期待したのですが、体力をつけようと無理矢理にでもたくさん食べてたので、ちょっと引き締まったくらいで見た目はほとんど変化なし。「普通、選挙っちゅうたらやせるもんで」とあとでいろんな人に言われましたよ(笑)。
 最終日24日(土)の夜7時には、予定のすべてを終え、(2月当時は自民党不信の声が多く、近所迷惑を避けるため遅くまで回らず、1時間早めに切り上げていたのです。今とは大違い!)すべてを出し切った達成感と共に、何かやり残しがあるような複雑な思いがありました。ただ、初めてですから小さなトラブルはあったものの、大きな事故や怪我もなく、皆一致団結してやるだけのことはやったという一種独特の爽快感はありました。あとは結果を待つのみ。
 運命の投票日、異常に静かな日曜日でした。投票所では、今まででこれほど心を込めて書いたことはないくらい丁寧に大きく自分の名前を書きました。いったいどれくらいの人がこうして自分の名前を書いてくれるんかなあ、と思いつつ。(読者の皆さんは投票行ってくれましたか?)
 その夜、家族親戚の集まる妙な緊張の中、なんと3234票というすばらしい成績で当選することができたのです! テレビの速報中継に自分の名前が出ることさえ少し不思議に思いながら、『当確』がなかなか出ずやきもきしましたが、この時やっと肩の力が抜け、うれしいやら信じられないやらホントに夢のような気持ちでした。私以上にみんなも興奮状態で抱き合って喜びました。ちょっと前まではこういうテレビ画面を家で見てたのに、今思い出してもあの何とも言えない感激は忘れられません。
 それから2日後に、市役所で当選証書をいただき(この時点でも、「俺がもらっていいんかなぁ。」という状態でしたが)、間違いなく議員として歩き出した訳です。この時の様子がテレビのニュースで流れ、私がちょっと映っていたらしく、知人や地区の方から「見たで!!  出ちょったなあ。ほんとにおめでとう! 頑張っちょくれ!」「頼むで!」などと言われ(涙ぐんで言ってくれる人もいたんですョ)、「ああ、こういう人の力で自分は当選させてもらったんだなぁ。恩返しのつもりで頑張らなければ!」と感激と決意を新たにしました。
 「選挙とは、いかに周りの人に迷惑をかけきるかや!」と言われたことがありましたが、長浜校区・住吉校区の方々特に町内会長さんたちをはじめ、各企業の方々、中・高・大学の同窓生、商工会議所青年部のみんな、その他私を応援して下さった方々、そして親族には、どれだけ迷惑をかけた事か。自分のことでもないのにいやな顔ひとつせず、こんな私に力を貸して下さって、本当にありがとうございました。この場をお借りして改めて御礼申し上げます。そして早く一人前の議員になるよう頑張りますので、これからもサポートよろしくお願いいたします!


 第一回へ 第三回へ 近況報告目次へ戻る

コラム目次へ戻る 近況報告目次へ戻る